青く澄んだ空が広がっていた。
大きな雲がゆっくり動き、真夏の日差しをときどき遮っていた。
暦では冬だが、年中夏となった日本では、いつもと変わらない天気だった。
その下を歩くもアスカもいつもと変わらなかった。
「なんで、ファーストがいるのよ!!」
アスカが振り向いて叫ぶ。
「綾波は僕が誘ったんだ」
アスカの後ろ歩くシンジが言う。その横にレイが、その横に ヒカリがいる。
「折角、委員長が作り方教えてくれるっていうんだから」
「この女がお菓子の作り方を知ってどうすんのよ」
「それを言うなら、そもそもアスカが教わればいいじゃないか。
何で僕なんだよ」
「あんたが作るからに決まってるでしょ!」
「ね、ねえ。アスカ。私は全然構わないから‥‥」
ヒカリが空間電位の上昇を感じ、穏便に済まそうとアスカをなだめる。
「ファーストがお菓子を作る？冗談でしょ」
「冗談ではないわ」
レイが無表情で答える。
「私が洞木さんに教えてもらって、碇君に食べてもらうの。
あなたは関係ないわ」
「あんたねえ!!!」
「綾波、あまりアスカを挑発しないでよ」
「そうよ、綾波さん。あとでひどい目に会うのは碇君なのよ」
「そうなの？ ‥わかったわ」
「‥‥なんかムカつくわね」
「ん、雨かな」
ふと頬に冷たいものを感じて、シンジが空を見上げる。
「え？ほんと？」
ヒカリも空を見上げながら、手をかざすが何も感じない。
「どこに雨が降ってんのよ」
「あれ、おかしいなあ、何か冷たいものを感じたんだけど‥。綾波は？」
「‥‥‥雪‥‥」
「雪？」
レイは、じっとはるか遠くを見つめている。
しばらく全員がその方向を見つめていたが、結局何も見えず、
やがてアスカに促され、ぞろぞろとヒカリの家に向かった。
もともとアスカがヒカリの家に遊びにいったときに食べた「ヒカリ特製の シュークリーム」をシンジに覚えさせようというのが目的だった。
「最初は生地からね」
バターを入れた厚手鍋ヒカリがレイに手渡す。
「じゃあ綾波さん、沸騰するまで火にかけて」
レイは受けとったものの、どうすべきか戸惑っている。
シンジがそっと中火にし、レイの手を取って鍋を置く。
「泡が出るまで、こうしててね」
「‥うん」
レイはじぃっと鍋の中をバターを見つめる。 ヒカリは、レイの真剣な様子に、「意外ね」と思いつつ 見ていた。
「‥薄力粉の次は卵をいれて、かき混ぜるのよ。
アスカもやってみない？」
退屈そうにしていたアスカに声をかける。
「ヒカリ、こんな感じでいいの？」
しばらく格闘していたが、やがてシンジに鍋を突き出すと、
「あとは、シンジがやってよ」
「‥あとオーブンで 20分ぐらい焼いて、170°Cで 10分ぐらい
焼けば、膨らむわ」
などとワイワイやってるうちに時間も過ぎていった‥‥‥‥。
「じゃあ、ヒカリ、帰るわね‥‥」
シンジはドアを開けた時、一瞬自分の目を疑った。
いつの間にか雪景色になっていたのだ。
雪も、次から次へと舞い降りている。
辺りを見ると、少なくとも足首が隠れるほどの深さまで雪が積もっていた。
「なにこれ？」
シンジは声をあげた。
「さむい‥‥」 シンジは震えた。夏服だから当然だ。
レイも何も言わないが、寒そうにしている。
「ねえヒカリ、今日泊まってもいい？」
レイは鞄から畳み込まれたネルフ製のレインコートを取り出すと、
羽織る。フードをかぶり、ざくざくと歩いていく。
「あ、綾波、送っていくから待ってよ。じゃあね、アスカ、委員長！」
シンジも、レインコートを取りだし羽織ると、慌てて後を追った。
「‥‥大丈夫かしら」
残ったヒカリはつぶやいたが、アスカは気にもしてないようだった。
雪は、しんしんと降り続いていた。レイの前髪に雪が付き白くなっている。
レインコートの上にも一面に雪がついている。
横を歩くシンジも同様だ。
「綾波、大丈夫？」
シンジは自分の体についた雪を落としながら綾波に寄っていき
尋ねた。
「‥‥‥問題ないわ」
しかし、表情には疲労の色が見てとれた。
「あそこでちょっと休もう‥」
周りに雪が貯っているため、シンジが足で踏み鳴らして道を作る。
「綾波、大丈夫？」
レイは何も言わず、幸せそうに目を閉じている。
「ごめんなさい、碇くん」
と言って、シンジはふと不安になる。
「これって、使徒のしわざってことはないかな‥？」
「はい、葛城です」
ミサトが電話に出る。
「あ、ミサトさん、シンジです」
ピピピピピピ‥
「綾波です」
「‥‥」
受話器を持ったまま、顔を赤くしたシンジにレイが声をかける。
「どうしたの？」
慌ててシンジは外を見る。まだ雪は降り続けており、道に積もった雪の
絨毯を厚くしている。
「さっきの電話、リツコさん？」
そのまま、しばらく時が過ぎた。レイは眠ってしまったようだ。
「ケロロ‥」
シンジは朝の光と、カエルの鳴き声で目を覚ました。
「ケロロロ‥」
周り一面、雪が残っており、その上に、何匹かのカエルと何匹かの魚が
落ちていた。カエルはまちまちに鳴いている。
「‥」
シンジが動いたので、レイも目を覚ました。レイはゆっくりと辺りを見渡し、
瞬きをすると、つぶやく。
「なに‥」
もちろん、シンジもわけがわからない。
「魚が降ったみたい」
翌日。学校では、雪の話で持ちきりだった。
「むかしから、川や湖から遠く離れた場所に、魚やカエルが降ったことが
記録されているわ」
アスカが得意気に話す。
「今回も同じ現象だと考えられるわね」
そこへケンスケが入ってくる。
「知ってるか？芦ノ湖の水が半分無くなったんだって。さっき、
ニュースでやってたんだ」
その日、ネルフで密かに進められていた「人工降雨計画」に関する
あらゆる計画書や資料が MAGI から削除された。......
「そうよ、もう少し頑張ってみて」
「‥‥やっぱりね」
「何よやっぱりとは!」
「私、オーブン持ってない」
「そういえば綾波さんひとり暮らしだったわね」
「綾波、使いたいときにはうちにおいでよ」
「‥ありがとう」
「もしかして碇君、そういう下心があったの？」
「ち、違うよ、委員長」
「ふーん、‥‥いい根性してるじゃない」
「だから違うって」
「委員長、今日はありがとう」
「‥‥ありがとう、洞木さん」
「いいのよ、たいしたことじゃないから」
「じゃあ委員長、また明日ね」
「気をつけてね」
シンジが飛び出して、数歩歩いて戻ってきた。足が雪にずぼっと
入り込むため、かなり歩きづらい。
「‥‥‥‥」
「え、いいけど‥」
「じゃあね、シンジ、ファースト」
「‥‥」
「碇君と綾波さんはどうするの？」
「あんたらは帰りなさい」
「そんな、かわいそうじゃない」
「わたしは‥帰るわ」
「でも‥‥」
「問題ないわ。それじゃ」
雪がつもってるため、どうしても雪に足を突っ込んでは抜き、という
歩き方になってしまう。とにかく歩きづらい。
シンジは最初は雪が珍しくてむしろ楽しかったが、だんだんと疲れて
きた。シンジは綾波のアパートがここからだいぶ離れた再開発地区に
あったことを思い出すと、ちょっと憂鬱になった。
シンジは辺りを見渡したが、このあたりは開発予定地区のため、
コンビニなどの店もなかった。
そのとき、電話ボックスが目にはいった。
「‥‥‥‥ええ」
シンジとレイはとりあえず、レインコートを脱ぎ、
頭や体についた雪を払うと電話ボックスに入り込んだ。
狭いので自然と密着してしまう。
シンジが壁にもたれかかり、レイがシンジの胸にもたれかかるような
形になった。
「ええ、暖かいから」
「そうだね、ちょっと隙間から風が入るけど、外よりはマシだね」
「‥‥」
相変わらず外は雪が降り続いている。
「え、何？」
「こんな目に合わせてしまって‥」
「自然現象なんだから仕方ないよ‥‥」
「どうして？」
「だって、ここ日本が大雪になるなんて考えられないよ。もしかして
新手の使徒じゃあ‥」
「わからない。電話してみれば？」
「あ、そうだった、ここは電話ボックスなんだった」
「シンジくん、どこにいるの？」
「えっと、電話ボックスからなんですけど‥」
「そう、連絡がつかないから心配したわ」
「すいません、部屋に携帯忘れちゃったみたいで」
「帰れる？」
「大丈夫です。もう少し、雪が弱まったら帰れますから」
「そう、アスカも連絡がつかないんだけど、どこにいるか知らない？」
「アスカなら、委員長‥洞木さんのところです。今夜は泊まっていくって」
携帯の呼び出し音が、電話ボックス内に響く。
レイがシンジから離れると携帯を取り出す。
「いえ」
「問題ありません」
「はい」
「わかりました」
「‥‥」
「シンちゃん‥‥レイがいるの？」
「‥はい‥」
「ふーん、電話ボックスにいるって言ったわよねえ」
「‥はい‥」
「よくそんな狭いところに二人も入ってるわねえ」
「そ、それよりミサトさん、この雪、どう思います？」
「あら、シンちゃんどうしたの？（笑）」
「だ、だから僕は突然こんな大雪が降るなんて、もしかして使徒が
関係してるんじゃないかと‥」
「いまのところ、それはないわ。でも原因も調査中なの。念のため、
二人とも連絡がつくところに待機しててね」
「はい」
「シンちゃんは、レイの側にいればいいわ」
「ミ、ミサトさん！」
「じゃ、アスカも確認しなくちゃいけないから、またあとでね〜」
ツー
「あ、いや別に」
レイは再びにシンジにもたれかかり、そのまま目を閉じた。
シンジはレイが寒くないように背中に手を回す。
「‥‥そう」
シンジも、うとうととしていた。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
暖かい日差しの中、辺りを見渡す。すでに雪は降っていない。
「どうして‥？」
「さあ‥‥」
「へえそうなんか？」
「私も何かで読んだことがあるわ、竜巻で吸い上げられた魚が降る、
とかいうやつでしょ」
「そうよ、ヒカリも知ってるじゃない」
「ねえ、昨日の大雪もそうなの？」
「そうじゃないかしらね」
「ふーん、不思議なこともあるもんやな」
「ほーら、みなさい」
「へえ」