期末テスト

「シンジくん、お疲れさま。上がっていいわよ」

リツコの声がシンジのエントリープラグに響く。
レイとアスカは先に引き上げており、シンジだけが追加実験を受けていた。

「やっと終った‥」

シンジは思わずつぶやいてしまった。	

「シンジ君、ずいぶん不満そうねえ！」

スクリーンにミサトの顔が現れて、意地悪そうな笑みを浮かべる。
横目でリツコを見ながら、

「ごめんね〜、うちの技術部がトロくて〜」
「ち、違います。そんなんじゃなくて、その‥」

シンジは慌てて取り繕う。

「明日、学校の試験なんです。それで、勉強しなくちゃと思ってて‥」

普通に授業を受けていれば赤点を取るなんてことはないのだが、
最近エヴァの実験が続きあまり授業に出ていなかったため、
シンジになりに危機感を抱いていた。

「いいじゃない、勉強なんか少しくらい出来なくたって‥」

「気楽に言わないでくださいよ、ミサトさん。もし、赤点とったら
  夏休みの間も学校に出て補習を受けなくちゃいけないんですよ」

（それに綾波が待ってるし‥）

冷やかされると判ってるので、それは口には出さない。

「ふーん、それは大変ねえ。まあ頑張りなさい。」



「あ、ファースト。早いわね」

アスカがパイロット控室に来たとき、ちょうどレイが制服に着替えて
出てくるところだった。

「‥‥碇君が待ってるから」
「は？ 何なんなのよ」
「一緒に勉強するって、約束したから」

スタスタと歩いていくレイ。

「そっちは出口じゃないわよ」
「Ｄ会議室を借りたの。許可は取ってあるわ」
「あ、そう」
「‥‥じゃ」

レイは向き直ると、そのまま歩いていった。



Ｄ会議室。
小人数の打ち合せのための部屋なのでそれほど広くはなかった。
中央に事務用の長机と椅子が置かれていたが、隅にソファと丸テーブルの
セットがあったため、シンジとレイはそこに座った。

一緒に試験勉強をしようとは言っても、結局は個人作業である。
そこで、それぞれ問題集を解いていって、わからないところが出たときに
お互いに尋ねて一緒に考えよう、ということになった。

シンジとレイは向かい合わせに座り、テーブルに問題集を広げて黙々と
解いている。シンジはふと、レイを見た。

（綾波も成績が気になるのかな‥‥）

レイの成績は可もなく不可もなくってところだと、以前にミサトから
聞いたことがある。

「‥‥‥‥」
「‥‥なに？」

レイが視線を感じて顔をあげる。

「あ、いや、なんでもない‥」

慌てて取り繕う。

「あ、綾波、ここのところ分かる？」
「どこ？」

レイが身を乗り出してくる。
シンジの目のすぐ前にレイの顔があり、思わず頬が赤くなってしまう。
レイもシンジの様子が変なのに気づいた。

「？」

レイも赤くなり目を逸らす。

なんとなく、いい雰囲気なったその時。


プシューッッ‥

自動ドアが開き、アスカが飛び込んできた。

「調子はどう？ バカシンジ、ファースト！」
「なんだ、アスカか」

シンジがいかにも残念そうに答える。

「なによ、せっかく教えてあげに来たげたのに！」
「え、そうなの」
「そうよ！」
「ありがとう、アスカ」
「‥‥‥‥」

レイは無言。アスカはからかうように、

「あら、ファースト、お邪魔だったかしら」
「あなたには、関係ないわ」
「や、やめなよ綾波」

シンジは慌てて間に入る。

「アスカ、ちょうど分からない問題があって綾波と考えてたんだ。
ちょっと教えてくれないかな」
「任せなさい。伊達に大学出てるわけじゃないんだから」
「そ、そうだよね」

シンジはアスカの自尊心を損なわないよう控え目に対応した。
レイの目がだんだんと冷たくなるのを感じ、シンジに大きな冷汗が流れた。

「ふーん、数学の問題ね」

アスカが問題集を取り上げて、一瞥して言った。

「どうかな？」
「かーんたんよ、こんなの」

シャーペンを握るとノートにすらすらの何やら書き始める。

「いい？ ○○○の公式を使って、右辺を求めて‥」
「ちょ、ちょっと待ってよ。そのなんとかの公式って何なの？」
「あら知らないの？ まあ、大学の初等数学で習う奴だから知らないのも当然か」
「そんなの使わないでよ。中学生なんだよ、僕らは」
「そうなの。でも原始的な解き方なんてもう忘れちゃったし.....」
「あのね‥‥」

答だけ分かってもしょうがない。

「ま、そういうのもあるわよ。で、他にはないの？」
「‥‥国語で分からないのがあるんだけど‥」
「あんた、あたしをからかってんの？ 分かるわけないでしょ」
「そんなこと言ったって」
「英語なんか得意なのよね」
「‥‥間に合ってるわ」

レイが口を挟む。
そのもの言いに、アスカはカチンと来る。

「ファースト、‥‥このあたしが折角教えてあげてるのに‥」
「あなたは必要ではないわ」
「‥‥。まー、確かにあたしみたいな天才があんたら凡才に説明するのは
無理があるわね」
「‥‥じゃあ、なんで来たんだよ」

シンジのジト目を無視して、アスカはわざとらしく、ため息をつく。

「ふう、つけ焼き刃で勉強したって無駄よねー」

アスカはその後もシンジとレイにさんざん絡んだあげく、帰っていった。



「騒がしい人ね‥」

アスカが帰り、静けさが戻った時レイがポツリとつぶやく。

「ははは‥」
「時間がないわ。続きをやりましょ」
「うん」

また静かな時間が続く。
しかし、シンジもレイもこういう雰囲気は嫌いではなかった。

「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」

シンジは手を休めて、しばらくレイを見つめていたあと、つと立ち上がる。

「コーヒーでも飲まない？」
「‥‥飲むわ」
「あ、いいよ、座ってて」

部屋の隅にいくと、紙コップを二つ置き、戸棚を開けてコーヒーを探す。
もともと会議室なので、インスタントコーヒーぐらいしか置いてない。

「砂糖２つでいいよね」

電気ポットのお湯の温度を確認すると、コーヒーを入れた紙コップに
お湯を注ぐ。

「はい」
「ありがとう」

そんな静かな時間を過ごしている時‥‥



プシューッッ

「やあ、シンジくんレイちゃん、勉強の方、はかどってるかい？」
「日向さん‥」
「‥‥‥」

なぜか日向がやってきた。

「こう見えても僕、むかし家庭教師やったことあるんだ。判らないことが
あったら何でも聞いてよ」

自信ありげに言う。
レイは何も言わないが、あまり歓迎してない。
日向は、レイの冷たい視線に冷汗がながれる。

「あははは‥、邪魔だったかな」
「いえ、ありがとうございます。あ、そうだ。ここ教えてほしい
 んですけど」

シンジは、さっきアスカに答えてもらえなかった数学の問題を日向に
聞いてみる。

「ん、これかい？ えーと‥‥」

ちょっと間があく。

「うーん‥‥‥」
「わからないんですか？」
「家庭教師って言っても小学生だったしね、あははは」

プシューッ

「え？」

日向は気づくとレイに部屋から追い出されていた。



しばらくすると、またドアが開いた。

プシューッッ

「どうだい、シンジくんたち、はかどってるかい？」
「青葉さん‥」
「‥‥」

青葉がやってきた。

「判んないとこあったら何でも聞いてよ。こうみえても家庭教師やってたんだ」
「‥‥もしかして、小学生じゃないですか？」
「あれ、どうして知ってるの？」

プシューッ



青葉を追い出すと、レイは元の場所、シンジの向かいに戻ってきた。

「‥‥続けましょう」
「う、うん」



プシューッ

続いてマヤが入ってきた。

「あ、マヤさん」
「伊吹二尉‥」
「そこで聞いたわ。青葉くんと日向くんが追い出されちゃったんですってね」
「あの、別にそういうつもりは‥」
「私が代わりに手伝ってあげるわ。私の方が年齢が近い分、教えやすいと
 思うしね」
「ありがとうございます」

素直に喜ぶシンジ。

「‥‥‥」
「ね、で、何か判らないことある？」
「えーとですね‥」
「どこお？」

マヤはシンジの横に座る。レイの眉が動いた。

プシューッ

マヤが気づくと部屋の外だった。

「あ、綾波」
「‥碇君」
「な、なに」
「‥‥続けましょう」
「‥‥うん」



葛城ミサトがやってきたのは、それから何時間かあと、もう深夜と呼べる
ころだった。

「シンちゃ〜ん、レイ〜、調子はどう〜？」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」

二人とも振り向くが何も言わないし、目の焦点が合ってない。

「ど、どうしたの？」
「‥あ、ミサトさん。ちょっと眠くて‥‥また終ってないのに‥」

シンジがぼそぼそとつぶやく。レイも眠そうにしている。

「綾波。やっぱり帰ったほうがいいんじゃない？」
「‥‥‥わたし‥碇くんと一緒にいたい‥‥」

二人の反応は鈍い。
ミサトは調子が外れたという感じで頭をかいていたが、手に持ってた
ドリンク剤のようなものを差し出す。

「まあ、ちょうど良かったわ。はい、これ！」

二人の前にひとつずつ置く。

「眠気覚ましよ！」
「‥‥ありがとう、ミサトさん」
「私は今晩徹夜なんで、さっきもらってきたの。けっこう効くらしいわよ。
  でも二人は早めに終わって帰ってちゃんと寝なさい。」
「‥‥‥ありがとうございます」

とレイ。

「‥じゃあね。体壊さないようにしなさい。」

プシューッ

ミサトは部屋から出ると、ちょっと考えた。

（リツコ特製の、って言ったほうがよかったかしら‥。まあいいか）



‥‥朝が来た。



朝、ミサトが自販機コーナーへ向かってうろうろしていると、学校へ向かう
シンジとレイにちょうど出会った。二人とも昨日の夜とは比べものにならない
程、目がしっかりしている。

「あら、これから登校？」
「そうです。ミサトさんもお疲れさまです」
「生意気なこと言わないの！ ところで、昨日の目覚ましどうだった？」
「ああ、あれ。すごくよく効きました。全然眠くならかったです。ね、綾波」
「ええ」

レイが頷く。

「え、徹夜したの？」
「あ、そうなんです‥」
「無理しちゃだめよ。でも、そうなら今度から私も使おうかしら」
「え？」
「あ‥‥‥」

ミサトはしまったというように口を手でふさぐ。

「‥‥ミサトさん、あれ、どこのメーカーなんですか？」
「あはは、実はあれ、リツコの作ったやつなのよ〜」

ミサトは愛想笑いを浮かべつつ、冷汗が流れる。

「‥‥わたしたちで人体実験をしたのね」
「ち、違うわよ、レイ。‥リツコも効果は保証してたし‥‥」

ジト目のシンジとレイに、ミサトは話を逸らす。

「あはははは、まあ結果オーライだからいーじゃない！
 ほら、早く学校いかないと遅刻するわよ」



「ふーん、リツコもたまには、ちゃんとしたもの作るのねえ」

ミサトは、例のドリンクを取り出して眺める。

「ふぁあーー。これからひと眠りしようかと思ってたけど、これがあれば
 ‥‥」

しかし、ミサトは今シンジとレイがどうなってるか知らない。



スースースー‥‥

クークークー‥‥

シンジとレイは副作用なのか、試験の間、答案も書かずにずっと
眠りこけていた。

「‥あんたら、いーかげん起きなさないよ」

ゆすっても耳元で大声を出しても、二人が目を覚ます気配は無かった。



結局、シンジもレイも補習を受けることになった。
セミ時雨の降りしきる木洩れ陽の中を二人並んで歩く。

「せっかく勉強したのに残念だったね」

と悔しそうに言うシンジに対して、レイは嬉しそうに肩を寄せる。

「‥ううん」

シンジはレイを見て、レイの言う意味がわかると、セミの声にかき消され
ないようにレイの耳元に口を寄せて「そうだね」とだけ言った。

その後もぴったりよりそって歩く二人。
補習のある１週間、レイは幸せだった。

おわり


PS.

くかーーー

「‥葛城くんはいつまで寝ておるのかね」

発令所の床で眠るミサトを見下ろしながら冬月が問う。
オペレータの三人はあ然として何も言えずにいる。

ミサトが気づいた時に待ってたものは、減棒だった。