SS:「誕生日」

その日、放課後になるとすぐ、ヒカリとあたしは帰り支度をするアスカの
席へとやってきた。

「ねえアスカ、帰りにいつもの店に行かない？」

アスカの顔を覗き込むようにしてあたしは言う。
いつも店というのは、最近出来たファーストフード店で、ケーキの
種類が多くておいしいので、ときどき、学校帰りに寄っているのだ。

ここ最近の一番の楽しみなのよね。
想像するだけで、思わず笑みが浮かんでしまう‥。

アスカはあたしの無邪気な笑顔を見て、呆れたようにため息をついた。
‥‥‥。
いいじゃない、別に。

「アスカ、今日時間ある？」

ヒカリが尋ねる。

「悪いわね、今日用事があるのよ」
「え、あ、‥‥そーなの‥」

意外な答えに、いかにもがっかりしてみせた。
でも、どんな用事なんだろう。まさか碇君絡みじゃ‥。

「仕方ないわ。じゃまた今度一緒に行きましょ。‥‥‥あ」

ヒカリが何か思い出したように小さく叫んだ。

「そう言えば、今日って確か‥‥」

アスカの目に動揺が走る。

「碇くんの誕生日だったんじゃあ‥‥」

そ、そういえば‥。
それにしてもなんでヒカリはそんなこと知ってんのよ。
そういえば、この前も同じようなことがあって、委員長だから当然よとか
言ってような気がする。

そんなことはどうでもいいわ。それより、

「アスカ、さては用事って碇君の誕生日パーティね‥」

あたしはぐいっとアスカに顔を近付ける。

「ち、違うわよ。今年はそういうパーティはしないって言うし」
「じゃあアスカの用って何なのよ」
「シンジんとこのおじさんにちょっと頼まれたことがあって‥」
「それって‥」
「詳しいことはあたしもよく知らないわ。おじさんが考えていることだから」
「‥‥でもプレゼントは渡すんでしょ」
「‥‥一応‥」

くー。完全に出し抜かれたわ。

「よくもあたしをたばかったわね！」
「なんでそうなるのよ。別にあんたに教える必要はないでしょ！」

そ、そーかもしれないけど。

「念のため言っておくけど、アタシのこと、シンジには言わないでよね」
「わ、わかってるわよ」
「じゃあ、ヒカリ、レイ、また明日ね」

アスカはそういうと、さっさと教室を出ていった。

う〜〜。なんだかまずいわ。
それにしても、碇君も、どーして教えてくれないのよ！

見ると、碇君はまだ教室に残っていた。
あたしは碇君のところへ駆け寄る。

「今日、碇君の誕生日なんだって？」
「あ、綾波」
「誕生日パーティみたいなの、しないの？」

別に友達いないってわけでもないだろうし。
第一、少なくとも三バカの二人とアスカは来るだろうし、あたしだって
絶対行くのに。

「ああ、いつもはうちで誕生日会みたいなのやってるんだけど、今年は家族で
  食事にいくことになったから‥」
「そうなの。 でもプレゼントぐらい用意したのに」
「いいよ、別に。なんだか催促してるみたいで悪いよ」
「あたしたち友達でしょ、そんなことないじゃない！」
「‥ご、ごめん」

ん、一瞬シンジくんが落ち込んだように見えたけど‥。

「‥で、碇君、これからどうするの？」
「うん。父さんが夕方の 5 時ごろ帰ってこいっていうから‥」
「ふーん、それってアスカが‥‥‥」

と言いかけて慌てて口を塞ぐ。

「アスカがどうしたの？」
「な、なんでもないわ」
「？？」

やばい。あたしってつい口が滑っちゃうことあるのよねー。
でも、もしかして、アスカって家族の一員になってるのかしら。
幼な馴染みで、昔から家族で付き合ってるって言ったし、ありえるわね。

まさか二人っきりになるってことは無いと思うけど‥。

同じ碇くんをめぐるライバルでもあたしの方が全然不利じゃない。
向こうはライバルとしてすら思ってないかもしれないけど‥。
あたしの場合、学校にいる間とその帰りぐらいしか会えないのよね。
うーん。

「‥‥‥‥」
「‥‥あ、あのさ、綾波‥」

黙りこんだあたしに碇君がに声をかける。

「今日、時間があったら、どこかで遊んでいかない？」
「誘ってくれてるの？」
「うん。ほら、僕、時間つぶさなくちゃいけないし‥」

そんな言い訳言わなくてもいいのに。

「じゃあ、帰りにカラオケに行こーよ。あたしがおごるから！」
「え、そんな、悪いよ」
「いいからいいから。プレゼント代わりってことにさせてよ」
「う、うん」

んふふふ、碇君から誘ってくれるなんて、ラッキーかも。

「ねえ、レイ」

とヒカリ。そのときまで、ヒカリのことをすっかり忘れていたので、

「あ、ヒカリ、ごめん。忘れてた」
「いいのよ。いつものことだし」

げげ、そんな目で見てたの？

「あははは。ヒカリも一緒に行く？」
「あたしはいいわ。お邪魔しちゃ悪いでしょ」

ヒカリは、あたしに向かってウィンクすると、教室から出ていった。
残されたあたしたちの間、一瞬静寂がおとずれる。
それを破るかのように、

「じゃ、碇君くん、行こう！」
「そうだね」



あたしたちは、馴染みのカラオケ屋に来た。ここなら、碇君ちから遠くないから
多少遅くなっても問題ない。

最初の歌ったのは碇くん。
結構うまいのよね。あたしは目を閉じて、碇君の声に聞き入る。
結構幸せかもしんない。

あ、もしかして、今、碇君と二人きりなの？ 
いままではいつもアスカがいたから、こんなこと初めてかもしれない。
ドキドキ。
‥‥。

でもその後は、ほとんどあたしのワンマンショーだった。‥‥。


１時間後、店から出てきたあたしたち。

「ごめんね、あたしばかり歌っちゃってー」
「いいよ、綾波歌うの好きだもんね」
「あはは。今日は碇君の誕生日なんだから、遠慮しようと思ったんだけど‥」

客観的には説得力ないかもしんない。

「カラオケに来るって言った時点で想像出来たしね」
「ひどーい」
「それに、綾波の歌を聞いてるだけで僕は楽しいしね」

そうなの？
あまり歌うの好きじゃないのかな。それとも‥。

「せっかくここまで来たんだから、うちに寄っていきなよ」
「え、でも」
「まだ時間があるし、お茶ぐらいご馳走するから」

碇君にそう言われると、断りづらい。

「じゃあお言葉に甘えて‥」



「あれ、鍵があいてる‥」

碇くんがノブをひねりながらつぶやく。
碇君ちのマンションに来た時、5時よりちょっと前だった。

鍵があいてるってことは、たぶんアスカと碇くんのお父さんがいるのね。
あたしがいてもいいのかしら‥。
いまさら帰るというわけにかないし、まあ、いいか。

「入ってよ、綾波」
「お邪魔します‥‥」

一応、礼儀正しく入る。

「あれ、父さんがいると思ったんだけど、‥‥」

あまりに静かな家の中に、碇君から首を捻りながらつぶやく。
あたしは碇君の後ろについてリビングらしき部屋へ入っていった。

「暗いな」

碇君が明かりをつける。
あたしは足元を気にして下を向いていたので、明かりがついた瞬間、
それを見てしまった。

それは‥ひげ面の生首‥‥。

なななななななによこれれれれぇぇぇええええええ。

「と、と、父さん！？」

碇君も気付いたようで声を上げる。
その瞬間、その生首が、にやっと笑った。

「ひぃっ‥」

私は不覚にも気絶してしまった。



「あ、綾波‥」

シンジもその瞬間パニックになった。
レイはふらっと倒れかかったので、あわててシンジは支える。
自分の胸にもたれかかり、眠るように目を閉じているるレイを見下ろす。

か、かわいい‥‥

しかし、華奢なシンジではレイを容易に支え切れない。
シンジは自分も倒れないように力をいれる。
すると、レイとさらに密着してしまい、シンジの頭の中はレイの柔らかさと
髪の香りと服越しに伝わる肌の暖かさで、パニックになってしまった。

ああああああああああああああああああああああ‥‥

そのためか、頭の片隅に直前の出来事のショックから覚め、冷静に
辺りを見渡すことができた。

「んっ!?」

よく見るとゲンドウの顔は何かおかしい。
というか、よく見ると似てない。ヒゲは似てるが‥。

シンジはレイを抱きかかえたまま、そ〜と足の伸ばす。

カランッ

ちょいと蹴るとゲンドウの首は軽い音をたてて転がった。
首の部分から内部には配線があり、なにやら歯車のようなものまで見える。

「な、なんだ‥‥？」

シンジはあぜんとしたまま立ちすくした。

父さんって、ロボットだったんだ‥。

とボケていたかどうかは定かではない。



じつわ、あたしは一瞬気を失ったものの、すぐに意識を戻っていた。
気付けばあたしの身体を何かがやさしく包んでいる。
暖かくて、心地よい‥‥。

薄目を開けてあたりを見る。
ここは‥‥
ええええええええええ？ 碇君の腕の中!?
どうしよう‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥と、とりあえず、もう少しこのままでいよっと。



「わはははは、シンジ、どうだ、驚いたか？」

頼りなく綾波を抱えるシンジの後方から笑い声が響き、ゲンドウが
現れる。

「シンジ、最高の誕生日プレゼントだろ」
「父さん？」
「どうだ、こんなショッキングな体験はそこいらの遊園地とかじゃ
  体験できないぞ。」
「‥‥‥」
「シンジの驚いた顔もちゃんとビデオに撮ってあるからな。
  一生の記念にするがいい」

シンジは言葉が出ない。

「シンジ、ばっちり撮ってあげたわよ！」

どこにいたのかアスカが部屋の奥からハンディビデオを片手に
現れた。

「アスカ、何してるんだよ」
「アスカくんはカメラ係だ」
「そうよ。あんたの間抜け面はちゃんと撮ったから安心しなさいよ」
「ははは‥」

シンジは力無く笑う。

「ところで！」

アスカはレイに近付く。

「あんたもいつまで気絶したふりしてんのよ！」

とレイの耳をつまむ。

「いたたたたたた‥‥」
「綾波？」
「あんた、薄目を開けてたでしょ」
「あはははは、ばれてた？」

舌を出すレイ。シンジは真っ赤になって、

「綾波、いつから？」
「‥‥気付いたら碇君に抱きしめられてたの。ぽっ」
「だったら、なんでさっさと離れないのよ！」

アスカが声は張り上げる。

「だって碇君がきつく抱きしめてるんだもん」

気付けばまだシンジは抱きしめたままだった。慌てて離れる。

「まったく油断も隙もないわね」

アスカがシンジを睨みつけながら言ったが、当のシンジはあいまいに
笑うだけだった。

その後、ユイが帰ってきてひと悶着あったのだが、結局レイもアスカも
碇家に同行して食事に出かけることになった。

「この時期、いろんなＳＳで僕の誕生日ネタがあるけど、こんなしょーもない
プレゼントはないだろうな」
「フ‥。よかったなシンジ」
「‥‥いや、別に感謝してるわけじゃ‥‥」