「シンジの悩み」

2015年。
ついに最後の使徒も倒された。

苦しかった戦いの日々も終わり、対使徒迎撃要塞都市である第三新東京市と
ネルフにもようやく平和が訪れていた。ネルフは今後も起きるかもしれない
世界規模の災厄に備えて、また、独自の情報技術センターとして
当面の間、現状のままの組織で運営されることとなった。

もっとも、作戦部のミサトは「暇」となり、ほとんどの時間を
リツコの研究室でお茶を飲んで過ごしていた。

壊滅したと思われた第三新東京市も復興され、チルドレン達は再開された
学校に通うようになっていた。

但し、お飾り程度であるがエヴァのテストのため定期的にネルフへ
足を運んでおり、３人ともたびたびリツコの部屋へ寄ってはミサトと
一緒にお茶をするのが常となっていた。

                        ◇ ◇ ◇

その日もアスカは遊びにきて、ミサトと一緒におしゃべりしていた。
「‥あなたたち、ここは休憩室じゃないのよ‥」
パソコンに向かっていたリツコがため息をつきながら振り向く。
「いーじゃない。堅いこと言わないでよ！」
「そう、邪魔してるわけじゃないんだから、けちけちしないでよね！」
リツコは同じ反応をする二人をみて、
「あんたたち、本当に似てるわよね」
アスカは猛然と抗議する。
「あたしがミサトとーっ!?」
「‥‥なによアスカ。そのイヤそーーな顔は！」
「こんな料理も出来ない女と一緒にされたくないわ！」
「悪かったわね！」

「そーいえば、いつだったかバカシンジもそんなこと言ってたわね」
「シンジくんが？」
「私が寝転がってテレビ見てたら、『アスカ、最近ミサトさんに似てきたね』
  だってさ！‥‥‥‥当然その後張り倒したけど」
ずずっとお茶を飲むアスカ。
 （シンジくんも大変ね‥）
と同情するリツコ
そこへ扉が開き、誰かが入ってきた。

ガチャ

「失礼します‥」
「あら、レイじゃない？ ひとりなの？」
「シンジくんは来てないわよ」
とミサト。
レイは答えずに、そそくさと中に入ってくるとミサトの向かいに座った。
「相談したいことがあります」
ミサトは真剣なレイの表情を見ると、にやっと笑って
「シンちゃんのことでしょう？」
「‥‥‥はい‥‥‥」
「ふふーん、やっぱりねえ」
「なーにがやっぱりよ。ファーストがここに来るといえばバカシンジの
  ことしかないじゃない」
アスカがジト目でミサトを見る。
「そんなことより、どうしたの？」
リツコが尋ねる。ミサトはいかにも興味深そうに、アスカもそれなりに
興味を持ってレイの答えを待っている。
「じつは‥‥」
レイは言いにくそうに切り出した。
「わたし、碇君にその告白したんです。つき合ってほしいって‥」
「！」
ブッと吹き出すアスカ。
「ほ〜ー。レイ、やるわねえ」
と楽しげなミサト。
「‥‥‥‥‥」
「それで、シンジくんは何て言ったの？」
「それが困ったような顔をして、『今は答えられない』って‥」
「うそぉ」
「私、いけなかったんでしょうか‥‥」
レイはじっ‥とミサトをみつめる。

ミサトはポリポリ頭を書くと、
「いやぁシンちゃんのことだから、うまくいくと思ったんだけどなあ‥」
「‥‥なにミサト。あなたまさかレイをたきつけて‥‥」
「ち、違うわよ。ちょいとレイの恋のアドバイスを‥‥‥」
「ったく、あなたみたいに単純な人ばかりじゃないんだから、いつもイケイケで
  いけばいいってもんじゃないでしょ。ま、シンジ君やレイの場合はそれぐらい
  しなきゃ一生進展しないかもしれないけど」
「でしょー」
「あーあ、暇を持て余した独身女はこれだから困るわよねー。こうして、
  おばさん化していくのねー」
「アスカ！何か言った？」
ぎろりと睨むミサト。
「別に。」
アスカは、あさっての方を向いている。
「でも、あのバカは何を躊躇してんのよ。ま、バカシンジだから仕方ないかー」
「碇君は馬鹿じゃないわ」
レイがアスカを制する。
「‥じゃなんだっていうのよ」
「‥‥‥」
レイはぽつりぽつりとつぶやく。
「‥私が‥普通の人とは違うから‥‥」
「それは無いわ、レイ」
ミサトがぴしゃりと言う。
「シンちゃんからそのことはちゃんと聞いたでしょ？」
「‥‥」
「そんなことを気にしてるのは、レイ、あなただけよ」
「‥‥じゃあ‥私が赤ちゃんを産めないことを‥」
「それもないわね。だってシンちゃんに訊いたもの。」
と言い放つミサトにリツコが疑問を放つ。
「ん？ミサト、いつシンジくんに訊いたの？」
「あはは。初めはシンちゃんにレイにアタックさせようとしたんだけどさあ、
  なんか頑くなに拒むもんだから、レイの方からアプローチしてみたんだけど」
「‥‥お節介やきというか‥‥」
リツコは呆れて、ジト目でミサトを見る。
「あはははは。でも、となると‥‥シンちゃんもしかして、アスカのことが
  好きだったのかなあ」
ビクっとなるレイ。
「あ、あたし？」
アスカは自分を指さすと、目を丸くする。
「そんなわけないでしょ、あんな分かりやすい子が」
「そーよねー。あははははははははは」
アスカの眉がひきつく。

                        ◇ ◇ ◇

レイはため息をつくと、急須を手にして立ち上がった。
「‥お茶の葉を変えてきます‥‥」
レイが部屋の奥へと行った時、入口が開き誰かが入ってきた。

ガチャ

「あ、ミサトさん！やっぱりここでしたか」
「あ、バカシンジ」
「シンちゃんじゃない。どうしたの？」
「あら、今日は千客万来ね」
シンジは興奮のためか、ずかずかとミサトたちのところへやってくると
テーブルに手をどんっとつき、
「僕、わかったんです！」
「な、なにが？」
ミサトはたじろいだが、シンジは構わず、
「綾波のことです！」
「‥‥レイの？」
レイは自分の名前が出たためひょいと顔を出す。
シンジはレイに気付かず、

「‥僕は綾波が好きです。‥‥でも、不安だったんです。
  綾波は母さんと似ている、だから、もしかして僕は母さんの面影を追ってる
  だけなんじゃないかって‥‥」
「はあ」
「僕は綾波を通して、母さんを見てるだけなのかもしれない‥」
「つまり、マザコンなのかどうかってことね」
「そんなの前からわかってたじゃん」
「いいんじゃないの？別にぃ。それでなにか変わるわけじゃなし」
「よくありません！ 第一、綾波に対して失礼じゃないですか！」

シンジは一息つくと、テーブルの上の一枚の写真を出した。
「‥‥これは、父さんの遺品から出てきたものです‥」
リツコは一目見るなり、
「‥碇レイ‥。シンジくんのお母さんね‥‥」
「‥‥はい」
アスカやミサトは初めて見るため、しげしげと写真を見つめる。
シンジは続けて、パスケースからレイの写真を取り出す。
「‥‥そんなところに、レイの写真入れてたの？」
「い、いいじゃないですか」
「青春ねえ」
「バカシンジのくせに。あたしの写真も入ってるんでしょうねえ？」
「ミサトもアスカも茶化さないで、シンジの話を聞いてあげなさいよ」
「はいはい」
「で、これが何なのよ」
シンジは息を吸い込むと、
「まず、髪型‥‥。母さんは耳が出てるけど、綾波は出てない。
  前髪‥‥。母さんは左右に分けてるけど、綾波は真中に揃えている。
  目の色‥‥。母さんは茶色だけど、綾波は赤。
  ‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「つまり、綾波と母さんは全然似てない！ 僕が綾波を好きな気持ちは
  本物だったわけです！」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥碇君‥」
「あ、綾波、どうしてここに‥」
「‥‥‥」
「いや、昨日のことだけど。ごめん、僕、ようやく自分の気持ちがわかった
  んだ。僕の方からお願いするよ。僕とつき合って欲しい。その、恋人として」
「‥‥碇君！‥」

おいおい‥

抱き合う二人を前にして、ミサトとリツコは呆れて突っ込む気力も
失せていた。そしてアスカは

「本当にバカね」
いつかと同じセリフをつぶやくのだった。