ラブレター

休み時間となれば、皆、思い思いのグループに集まり、おしゃべりや
ゲームを始める、というのは全国共通の教室の風景だ。

ここ第三新東京市第壱中学校もその例に洩れず、クラスのあちこちで
昨日のドラマや、サッカーの結果などの話で盛り上がっていた。

シンジの席の周りには、トウジ、ケンスケ、及び、アスカ、レイ、ヒカリ
といったいつものメンバが集まっていた。もっともレイは隣の席なので、
自分の席に座ったままだが、ほかのメンバはその周りの席のイスを拝借して
いる。但し、アスカはシンジの机の上にどかっと座って足を組んでいる。

この日は、ひょんなことからラブレターをもらったことがあるかと
いう話題になっていた。普段は調子の良いトウジとケンスケも
ちょっとトーンが下がっている。

「ま、あんたらは聞くまでもないわね」

などとアスカがからかうが、言い返せない。

「じゃかあしいわ。ほなら、惣流はどうなんやゆうんや」
「あたしは数え切れないぐらいもらってるに決まってンでしょ」

シンジの机に座ったまま、アスカが自慢気に胸を張る。
トウジはともかくケンスケはそれが事実であることを知ってるので何も
言えない。

「シンジはどうなのよ」
「アスカ‥‥。そんなこと訊かなくても分かってるだろ」
「わかってたわよ〜」

シンジの頬をつっつくアスカと、むくれるシンジ。
レイは「碇君、かわいい」とぽけーっと見ていた。

「ヒカリは？」
「あ、あたしはそういうのはもらったこと、ないから‥‥」
「ふーん。本当に？」
「‥う、うん」

ヒカリはうつむく。アスカは慌ててレイに話を振った。

「じゃ、じゃあレイは？‥‥って訊くまでもないか」
「あたし？ もらったこと無いわよ」
「あんたねー。そんなわけないでしょ!?」

アスカはじと目で睨む。

「下駄箱はチェックしてないから分からないけど、俺の持ってるデータでは
  綾波と惣流はいつも競ってるから、惣流だけってことはないと思うな」

ケンスケが手帳を取り出す。

「‥‥‥何のデータよそれは。それはともかく白々しいわよ、レイ」
「ほんとだってば‥‥」

そして、レイはシンジを上目づかいに見る。

「ねえ、碇君。‥‥わたし、一度もらってみたいな‥‥碇君から」
「ええ？」
「ね、お願い」
「なに馬鹿なこと言ってるのよ！」
「いいじゃない、そりゃおモテになるアスカさんにはあたしの気持ちなんて
  わからないわよ。ね、ヒカリ」

レイはヒカリの手を握る。

「同意を求められてもあんまし嬉しくないんだけど‥」

そこにおずおずと、シンジがレイに声を掛ける。

「あ、あの、綾波‥‥」
「なに？」
「僕でよければ書いてみるけど、‥‥‥書いたことないからうまく書けな」
「真に受けるんじゃないっ！」

アスカがシンジの頭にげんこつを落とした。

                            ◇

翌朝。
ヒカリはいつものように、他の生徒よりも早めの時間に登校した。
別にクラス委員長だからといってそういう必要はないのだが、ヒカリの
生真面目さが始業ぎりぎりになるのを拒否していた。

「あっ‥‥」

下駄箱で小さく声をあげる。
上履きを取り出そうとしたとき、白い封筒のようなものが落ちたからだ。

「手紙‥‥？」

ヒカリはドキドキしながら、それを拾う。

「ラ、ラブレター‥‥‥？ まさか、あたしに‥‥‥？」

手にしたまま、しばらく立ちつくしていた。

「ヒカリぃ、おはよー。何してんの？」
「ひっ」

ヒカリは飛び上がった。振り向くと、アスカが手を振っていた。

「ああああアスカ？‥‥お、おはよう」

ぎこちなく笑う。

「どうしたの？」
「な、なんでもないわ。‥‥今日は早いのね、アスカ」
「ん〜。シンジが週番で先に来てるから、起こさなくていい分早いのよ」
「そ、そうなんだ」
「‥‥‥なに、その手に持ってるの？」
「なんでもないわ。あはは‥‥」
じぃぃぃー‥
「‥じゃ先に行くわね」

ヒカリは慌てて教室へと歩きだす。

「あ、ヒカリぃ‥‥」

残されたアスカはつぶやいた。

「なにか、隠してるわね‥‥‥‥‥」

                            ◇

授業中、ヒカリはずっと上の空だった。
今朝の手紙はまだ封をしたまま、教科書の影に隠している。

（だ、誰だろう。
  知ってる男の子なんてそんなにいないし。
  うーん、相田君、碇君、鈴原、‥ぐらいよね。
  相田くんは、この間付き合うならカメラに詳しい子がいい、なんて言って
  アスカに馬鹿にされてたし、碇君はアスカや綾波さんがいるし‥‥。）

ちらっと机につっ伏して寝ているトウジを見る。

（ま、まさか‥‥。
  でも他にいないし‥‥‥。とにかく読んでみなくちゃ）

そんなヒカリをアスカがじっと見ていた。

（やっぱりヒカリ、なにかおかしいわね）

                            ◇

休み時間、ヒカリはそっと教室を出ると、廊下をすたすたと歩いて
階段の陰へと行った。このあたりは、この時間生徒はあまり来ない。

「ここなら人はいないわね‥」

かさかさと音を立て、震える手で手紙を開ける。
手紙は手書きで、‥‥いわば個性的な字で書き連ねられていた。
というより、

「下手くそな字ね〜」
「そうねえ。でも丁寧に書いてあるから読みにくくはないわ。
  ‥‥って、アスカ？」

気付くと後ろからアスカが覗きこんでいた。

「ねえ、ヒカリ。もしかしてラブレター？」
「そ、そ、そ、そ、そうじゃなくて‥」
「あ！今朝、下駄箱で持ってたのってそれだったのね！」
「あ、あの‥‥」
「ね、ちょっといいから見せて！」
「その‥‥」
「せめて誰からもらったのかぐらい教えてよね！」
「だから‥‥」
「ね？」
「そ、そ、そうだ、あたし先生に呼ばれてたんだ！」
「あ、ちょっと、ヒカリ！」

ダダダダダ‥‥

ヒカリはあっと言う間に階段を駆け降りていった。

                            ◇

とりあえず職員室の方へ走り始めたのだが、別に用事があるわけではない
ので、途中で足を止め壁にもたれかかると再び手紙を広げた。

「‥ふう、人の手紙を勝手見るなんてアスカにも困ったものね」
「それはよくないわね。今度注意しておこうかしら」
「あいえ、それには及びません‥‥‥って、ミサト先生！！」
「洞木さん、何してるの？」
「あ、いえ、別に〜」

ヒカリはあいまいに誤魔化した。
しかし、ミサトはにま〜と笑うと

「うふふ、それ、知ってるわよ。さっきの授業中、ずっと教科書の後ろに
  隠してたでしょ？」
「え、見えてたんですか？」
「まあね」

生徒が隠しているつもりでも、結構、先生には見えているものだ。

「それラブレターじゃないの？」
「ど、どうして‥」
「なんとなくねん。でも、そんなものを学校に持ち込むなんて不謹慎よね」
「あたしが書いたわけじゃないんです」
「でも、没収しなくちゃいけないわね」

しかしミサトの顔からすると、単に興味本位で言ってるに過ぎない。

「ヒカリーぃ」
「あ、アスカが来た！ それじゃ、ミサト先生」
「あ、はいはい」

ダダダダダ‥‥

                            ◇

「はぁはぁ、まったく、アスカもしつこいわね」
「全くね。ところで碇君知らない？」
「さあ、会ってないわ‥って綾波さん！」

一息ついたヒカリの後ろからレイが現れた。

「へへへ、どうしたの？『ラブレター』なんか持っちゃてさー」
「ど、どうしてそれを‥」
「さっき、アスカから聞いたもん」
「‥‥‥‥」
「ふふふ、観念しちゃえば？ からかったりしないからさあ」
「‥‥‥‥」
「ねね、誰からなの？」
「‥‥‥‥‥！あ、碇君」
「え、どこ？」

ダダダダダ‥‥

「‥‥あ、だましたわね！ 待てっ委員長っ」

タタタタタタタ‥

                            ◇

ヒカリが走り始めた方向からアスカが現れた。
後ろから走ってきた。

二人に挟まれてヒカリも観念する。
レイが走ってきたところに教室の扉が開いて、シンジが出てきた。

「あぶないっ」

ドスン

ヒカリの声は間に合わず、二人はぶつかってしまった。
レイの方が勢いがあったので、レイがシンジを押し倒すような形でもつれる
ように倒れ込んだ。

「あいたっ」シンジは床で頭を打ってしまった。

「きゃ、碇君！ 大丈夫！？」
「うん。‥綾波こそ大丈夫？」
「あたしは大丈夫。ごめんね」

ヒカリはシンジが怪我をしてないことを知って、ほっとした。
アスカが近寄って来る。

「あんたら、いつまでくっついてるのよ」
「あ、綾波、どいてくれない？ みんな見てるし‥‥」
「え？‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あ！」

赤くなって、慌てて飛び下がるレイ。

「てへへ」
「まったく、あんたらは‥‥。それはともかくヒカリ、もう逃げられないわよ」
「そ、そうよ、こんな痛い目に合わせたんだから、きりきり白状してもらうわよ」
「痛い目にあったのは僕だよ」

シンジが小さな声で突っ込むが、無視された。

「ちょ、ちょっと待ってよ、わたしだってまだ読んでないんだから‥」

ヒカリは周りを見渡して牽制すると、後ろを向いて隠れながら手紙を
広げる。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
  ‥‥ふるふる」

ヒカリの手が震える。不審に思いながら、アスカ、レイ、シンジが
見守っていると

「碇君‥‥」
「え？」
「これ碇君が書いたの‥‥？」
「‥‥‥‥あ」

シンジが小さく声をあげたが、それより早くアスカがヒカリの手から
手紙を奪い取る。

「ちょっと待って、アスカ！」
「シンジ、黙ってて」
「えーと、‥‥‥‥はじめてお手紙を出します。‥‥
  ‥‥初めて会った時からかわいいなって思ってたけど、学校やカラオケや
  ボーリングなどのいろいろな綾波もかわいくて、もっといろんな綾波を
  知りたいなと思います。
  ‥‥‥
  髪や目の色を気にしているみたいだけど、僕は今の綾波が好きです。
  みんなもそうだと思うので、気にしない方がいいと思います。
  ‥‥‥‥碇シンジ‥‥‥‥まる」
「‥‥‥‥」

レイがアスカの手から奪い取る。

「‥‥‥‥‥」

真っ赤になりながら、熟読している。

「あの‥洞木さんごめん、その、間違えちゃったみたい‥‥」

（そ、そうよね。
  考えてみれば、鈴原がラブレターなんか書くはずないわよね‥）

勘違いしたことが恥ずかしく赤くなるヒカリ。
ついでにアスカも真っ赤になっていた。シンジはもちろん、怒りによるもの
だとすぐにわかった。

「シンジぃ？」
「あのね、アスカ」
「どーゆーことよー」

シンジに詰め寄る。

「だって昨日、綾波が僕に書いて欲しいって‥‥」
「だからあんたね」

シンジはじりじりと後ろに下がる。

「マジで書いてどうすんのよ！」
「そんなこと言われても‥‥」
「ギャグとかボケぐらい入れなさいよ」
「‥そんなラブレター聞いたことないよ」

その頃、レイは胸に手紙を抱きしめたままと感動に浸っていた。

「じぃーーーーーん」

シンジはとりあえず教室へ避難することにした。が、

「あ、こら逃げるな、バカシンジっ」
ステン
「あいてて。足をひっかけることないじゃないか」
「逃げようとするからよ‥」

そんな二人に構わず、レイは、

「じぃーーーーーーーん」

とやっぱり浸っていた。

                            ◇

Ps.
その夜、シンジはアスカ宛のラブレターを書かされていた。
「アタシにも書きなさい。いいわね」とアスカに言われたためだ。

（そういえばギャグを入れろとか言ってたっけ。
  どうしよう、苦手なんだけどなあ。）

‥‥明日のシンジの運命は決まったようだ。