「ホワイトデー」
「でへへへ‥」
その日の放課後、あたしは、洞木さん達クラスの女の子からなるいつものメンバで
最近出来たファミレスに来ていた。
いつもならアスカも来るんだけど、今日は週番だとかでパスとのことだ。
ここのあんみつは、安い割にボリュームがあって、特におっきなバニラアイスが
どーんと入ってるので、あたしのお気に入りなのよねー。
でも、今日ご機嫌なのは、そんなのじゃないのよ。
「でへへへ‥」
「‥‥ね、ねえ、綾波さん？」
「ふふふふ‥」
「あ、あの綾波さん？」
「‥‥え？ 委員ちょ、な、何？」
ふと我に返るとみんなが注目していた。
「あ、あはは‥‥」
委員長は苦笑して、
「綾波さん、学校じゃないんだから委員長はやめてよ‥」
「あ、ごめんね」
「それより綾波さん、ニヤけっぱなしだったわよ。大丈夫？」
「え？ な、なんでもないの。あはは‥」
「どうせ、明日のホワイトデーのことでしょ？」
「碇君のこと考えてたんじゃないの？」
「自分の世界に浸りこんでいたわよ」
と次々と言われる。
う‥‥バレバレなのね。トホホ‥。
そう、時に今日は 3月13日。
つまり、あしたはホワイトデー。
学校が終わったら、碇君をデートに誘っちゃおうかな。えへへー。
‥と、あたしがこんなにハイになってる理由は、一カ月前の 2月14日、つまり
バレンタイン・デーにあった。
●
その日、あたしは珍しく早起きすると、アスカと合流して碇君の家に行った。
玄関に出た碇君はあたしの顔をみてびっくりしたみたい。
「おはよう、アスカ、綾波」
「碇君、おはよう」
あたしは満面の笑みで答えた。
碇君、まえに私の笑顔が好きだって言ってくれたしね。
「‥‥‥‥‥」
うふふ、碇君、見惚れてるわね。
その時後ろに冷気を感じた。‥‥ってアスカね。
「ア、アスカ、今日はこんなに早くどうしたの？ それに綾波も‥」
「いいから、早く準備しなさいよシンジ」
「あ、うん。ちょっと待って」
碇君は慌てて引っ込むと、すぐに着替えて戻ってきた。
「お待たせ‥」
さすが、男の子の着替えは早いわね。
「碇君、忘れ物ないわよね？」
「うん、大丈夫だと思う」
「じゃあ、行くわよ」
「え、でもまだ早いんじゃないの？」
碇君は腕時計を見ながら、訊ねる。
でも今日はちょっと早めに家を出なくちゃならないのよ。
「たまには、のんびりと学校に行くのもいいじゃない」
「あ、綾波、引っ張らないでよ。母さん、それじゃあ行ってくるね」
「はい、いってらっしゃい」
あら、おばさまがいつの間にか玄関に立ってるわ。
ここはアピールを‥。
「「おばさま、行ってきます」」
う、アスカとハモってしまった。
●
道へ連れ出すと、私とアスカで左右から碇君の腕をとって歩き始めた。
「あの、なんで腕組むの？」
「うふふふふふ」
「綾波ぃ、歩きにくいんだけど‥‥」
「たまにはいいじゃない」
「アスカもさぁ‥」
「文句あるの？」
アスカはそっぽを向いて言い放った。
照れるぐらいならしなきゃいいのに。
「別に文句があるってんじゃないんだけどさあ‥」
という碇君の意見は黙殺された。
そんなわけで、衆目を浴びながら学校へとやってきた。
なんでこんなことをしたかというと碇君に本命チョコを渡そうとしてる子が
何人かいるって噂だから、気先を制しておかねばってことで‥。
その日は、一日中、碇君が教室を出るたびに、あたしとアスカが両横を
ガードしていた。
「‥トイレにもついてくるの？」
「当然」
あたしは笑顔に答えた。
「はぁ‥」
「あんたねぇ、見もしない子からチョコもらったって困るのはあんたなのよ。
こうして助けてあげてるんだから感謝しなさいよ！」
「うん‥‥」
碇君は、納得したようなしないような微妙な表情をしていた。
ま、とにかくこの作戦は成功して、碇君は誰からもチョコをもらわないまま
一日が終わった。
帰り道、二人きりになったときに（アスカは途中でまいた）、そっと
碇君にチョコを差し出した。
‥‥本当は手作りにしたかったんだけど、残念ながらデパート買った既成品なのよね。
でも、碇君が今日もらった唯一のチョコなんだから、インパクトは大きいわよね。
「あ、ありがとう」
「言っとくけど、本命チョコよ」
ニブイ碇君のために、本命というところを強調しておいた。
「ほんと？」
「そうよ」
「あ、ありがとう‥‥‥‥」
こういう時の照れてる碇君って好きなのよね。えへへ。
「ね。びっくりした？」
「うん」
「ふふふふ‥‥‥」
あたしたちは歩き始めた。
「‥‥ねぇ碇君、今日初めてもらったチョコでしょ？」
「あ、いや‥」
あれ？
「え？ そうなの？」
「あの‥‥アスカからは、昼休みにもらっていたんだ」
がーーーーん
アスカったら、いつの間にぃ。まったく油断も隙もないんだからぁ。
「でも、アスカは義理だって言ってたし、だから、綾波のは嬉しかった」
「そ、そう」
碇君、本当にアスカのを義理チョコだと思ってるのかなあ。
まあいいか、喜んでくれてるし。
●
でも、ついに明日は待ちに待ったホワイトデーなのよね。
うふふ、アスカにしつこく３倍返しって言われて、碇君困ってたわね。
うーん、碇君って料理が得意だって言うから、きっと手作りのクッキーだろうな。
あたしは体で払ってもらってもいいけど‥‥。なーんちゃって。
うふふふ。楽しみぃ。
照れたあたしがすでに液状化したあんみつをさらにぐるぐるとかき回していると、
洞木さんが声がかけてきた。
「綾波さん、碇君にチョコ渡したんだよね」
「うん、まあ‥」
「じゃあ、綾波さんも碇君のクッキー楽しみでしょ？」
「そうよねえ‥‥」
ん？
‥‥‥‥‥‥綾波さん『も』？
「‥あの、委員長？ 綾波さん『も』ってどういうことなの？」
「え、だってわたしたちもチョコあげたもん」
「え"え"え"!?」
「わたしたちもそうよ」
「い、いつのまに？」
なんと、ここにいる女の子全員が碇君にチョコをあげたらしい。
驚くあたしに向かって、
「だって、惣流さんと綾波さんって碇君が教室の外に出る時はがっちりと
ガードしてたけど、教室にいるときはそうでもなかったでしょ」
「‥‥‥そ、そうかも」
「だから、その時に、‥‥キャ」
「‥‥‥」
「碇君、義理だっていえば受けとってくれるもんね‥」
「‥‥‥」
「ああ、あたしは本命でもいいんだけどなあ」
「‥‥‥」
「去年もあげたんだけど、そのときお返しのクッキーがすごくおいしかったんだ」
「‥‥‥」
「なんだかその噂が広まっちゃって、今年はクラスの女子の半分くらいは
あげてたみたいよ」
「‥‥‥」
な、なんてこと‥‥。うちのクラスの女の子を見落していたわ！
碇君も碇君よ。あれほど注意したのに！
義理だってダメなんだからぁ！
‥あれ、でも。
「あの、‥‥委員長は‥‥鈴原君が好きなんじゃなかったっけ？」
あたしは、おずおずと訊ねた。
「違うわよ」
「え"!?‥‥‥‥」
「いやね、綾波さんまで。なんかそんな噂があるみたいだけど、わたしは別に
鈴原のことは何とも思ってないけど‥‥」
「ええ？」
「どこでそんな噂が出るのかしら」
「そ、そうなの？」
「小学校から同じクラスになることが多いけど、それだけなのに‥」
「そ、そう」
じゃ、じゃあ‥
「‥‥じゃあ、碇君のこと好きなの‥」
あたしは聞くか聞くまいか一瞬迷ったが、この場で聞いておくべきだと
思い直し、洞木さんの目を見据えた。
「あ、特別碇君が好きってわけじゃないけど、‥‥碇君ってやさしいじゃない。
それに顔もかわいいし‥‥他にあげる人もいないし‥‥。」
洞木さんは戸惑った感じで、
「綾波さんやアスカの気持ちは知ってるけど、別につき合ってるわけじゃないでしょ。
そ、そんな睨まなくても‥」
そんなに恐い顔してたかしら。
それより、洞木さんも要注意人物ね。
これからは気をつけないと！
それに碇君！ 簡単には許さないんだから！
●
翌日、碇君とアスカはいつものように遅刻ぎりぎりに教室に入ってきた。
待ってたわよ。
さて、なんて言おうかしら。
‥‥あれ、碇君なんで俯いているの？
「せんせ、どないしたんや？」
鈴原君が声をかけたときに、ちょっと顔をあげたので分かった。
両頬にはっきりと手形がついていたのだ。
‥‥アスカね。
「シンジも大変だな」
相田君がぽつりと同情の言葉を吐いた。
アスカは相田君を睨みながらも何も言わず、自分の席についた。
あたしはアスカのところへと駆け寄った。
「ねぇアスカ、どうしたの？」
「べつにぃ」
「もしかして、碇君が他の女の子からチョコもらってた、ってことが原因？」
「レイ、あんた知ってたの？」
「ううん、あたしも昨日知ったばっかよ」
「‥‥そう」
アスカは横目で碇君を見ながら、
「今朝シンジを迎えに行ったら、鞄に何か詰め込んでたのよ。
慌てて隠そうとするから調べてみると、今日のホワイトデーのクッキーを
やけにたくさん用意してるじゃない」
「そう‥」
「‥‥まあ、あんたは10人分ぐらいでちょうどいいのかもしんないけど‥」
「ほっといてよ」
「問い詰めたら、白状したってわけよ」
「‥‥でも、あそこまで強く叩くこともないのに‥」
「当然の罰よ！」
御愁傷様。でも自業自得よね。
で、当の碇君は、こっそりと洞木さんに包みをいくつか渡していた。
洞木さんからみんなに渡してくれって頼んでるみたい。
アスカに言われたのかしらね。
洞木さんは、仕方ないわねという諦めと同情の表情をしていた。
キーンコーンカーンコーン‥
チャイムと同時に教室に先生が入ってきた。クラスのみんなは慌てて席につく。
あたしは隣の席についたばかりの碇君に小声で声をかけた。
「碇君‥‥‥聞いたわよ」
碇君は、ぎくりと体を震わせた。
「あ、綾波、あれは別に‥‥」
「言い訳無用よ」
あたしは、ぷいと前を見たまま、ぴしゃりと言った。
「ねえ、話だけでも聞いてよ」
「‥‥‥‥‥‥」
「綾波ぃ‥‥‥」
焦ってる焦ってる。
‥そろそろかな。
「‥‥‥碇君」
「な、なに」
「お詫びのしるしに‥」
「うん」
「わたしのお願い、聞いてくれる？」
「僕に出来ることなら‥‥」
「じゃ、アンミツおごってちょーだい」
「いいよ、そんなことでいいなら‥」
へへ、とりあえずデートの約束取り付けたわ！
「今日学校が終わったら、よろしくね」
「う、うん」
あたしはにっこりと笑った。
碇君も笑ってくれたけど、ちょっとひきつってたみたい。
●
お昼休み。
あたしは心地よいまどろみの中にいた。
っていうか、お昼ごはん食べるとつい眠くなるのよねー。
碇君はさっきまで相田君たちと何か話してたけど、今はひとりになってる。
うーん！ この席は最高ね。窓際だから暖かいし、碇君にも近いし‥‥。
このままずっと席替えしなくてもいいのにな‥‥。
あたしは、うとうととしながら、しかし体は完全に机につっ伏して、
完全に熟睡体勢に入っていた。
「あの、碇君」
「あ、委員長、どうしたの？」
ん‥いいんちょ？‥‥。
「クッキーごちそうさま」
「どうだった？」
「あれ碇君の手作りでしょ？ おいしかったわ」
「そう、良かった。委員長はよく料理するんでしょ？
比べられるとどうかなあって、思ってたんだ」
「ううん、そんなことないわ。でも、私のとはちょっと味が違うかもね」
「やっぱりね」
「あ、そうじゃないのよ。なんていうのかな、ビターっていうのかな。
男の子っぽい味付けであの、とってもおいしかったわ（ぽ）」
「そ、そう？」
「あの、今度材料とか教えてくれない？」
「うん、いいよ」
「ほんと？ じゃ、宜しくね！」
む‥。
「それじゃ」
「うん」
むむむ、いいんちょ、侮り難し‥。
なんでこうライバルが増えちゃうのかなー‥。
さて、どうしたものか‥‥。
‥‥‥‥。
だめ、眠くて考えがまとまらないわ。
とりあえず、今は寝かせて‥‥‥。
ZZZzzzz‥。
●
「綾波、綾波、‥‥」
あ、耳元で碇君の声が聞こえる‥。
「起きてよ綾波、もう授業終わったよ‥‥‥」
あたしの体が控え目に揺らされる。
あー、碇君に起こしてもらう時ってこんな感じなのかしら。
毎朝こうやって起こしてもらってもいいかも‥。
「うー‥ん、碇君、もう少し寝かせて‥‥」
「綾波ぃ‥」
「どきなさい、シンジ」
アスカは一呼吸置くと、
「レイ！ いー加減、起きなさい！」
耳元でアスカが叫ぶ。
「ひゃっっ！」
「ちょっとアスカ‥‥」
「文句あるってーの、シンジ？」
「その、そんな乱暴にしなくても‥」
「こうでもしないとこの子起きないでしょっ」
そんな中、あたしはゆっくりと頭を起こした。
「‥なによぉもう‥」
見ると、いつもの面々が並んでいた。
寝起きのためか、まだ頭がぼーとしていた。
あ、碇君。
「‥‥‥‥‥おはよ」
「おはよう」
「シンジ！ 違うでしょ！」
「いてて」
アスカが碇君の腕をつねってる。
「なにのほほんと挨拶してんのよ！」
「いてて、別にいいじゃないか！」
「ふん」
まあ、あたしと碇君が仲良くしてると機嫌が悪くなるのはいつものことだけど。
「あんた昼休みからずっと寝てたんじゃないでしょーね」
「そんなことないよ。ときどき起きてたし‥‥」
あたしが言うより先に碇君がフォローしてくれた。
「バカシンジがなんで知ってるのよ！」
「いや、その、隣の席だから‥」
「‥よそ見ばかりしてるからじゃないの？」
「ち、違うよ」
ふーん、碇君っていつもは真面目に授業受けてるのにねえ‥‥。
そういえば今日はこの後、碇君におごってもらうんだったわ。
あやうく忘れるところだった。
「‥‥綾波さん、授業はちゃんと聞かなくちゃだめよ」
委員長が非難を込めた目であたしを見ている。
とりあえず笑って誤魔化した。
「えへへ‥」
「まあ、いいわ、じゃ行くわよ」
アスカが話を強引にしめた。
へ？
「どこ行くの？ あたし、この後予定があるんだけど‥」
アスカはニヤリと笑うと、
「大丈夫、あんたと一緒のところだから‥」
「え？」
「‥‥‥綾波、その、アスカに話しちゃったら、いつの間にかみんなで行くことに
なっちゃって‥」
「えーっ！」
がーん。デートだったのにぃ。碇君ったらぁ！
「当たり前でしょ。今日あんたは、あたしたちにおごる義務があるのよ」
「‥アスカ、勝手なこと言わないでよ」
「なによ、文句あるの？」
「‥‥ない」
碇君はアスカに迫られてあっさり降参した。
いつものことだけど。
「じゃ、早くいこうぜ」
カバンを持った相田君をあたしたちに声をかけた。
「あれ？？ 相田君たちも行くの？」
「ああ、俺達も綾波からチョコもらったから、そのお礼さ」
「相田君は義理だから別にいいのに‥」
「があぁ〜〜ん」
相田君は、大袈裟にショックを受けたフリをしていた。
‥‥フリじゃなかったかもしれない。
その後ろでは、我関せずといった表情で鈴原君が立っていた。
「どういうことよ、アスカ」
小声で訊ねる。
「この二人のこと？ 別に好き好んで呼んだわけじゃないわ」
「じゃあ、なんで？」
「シンジが女の子ばかりで行くのを嫌がったからよ」
なによぉ、それ。
集団お見合いしてんじゃないのよ。
●
「あ、そうだ！」
ヒカリが声を上げた。
「ごめん、あたし、日誌を先生に渡してこなくちゃ」
「わかったわ。じゃ、下駄箱のところで待ってるわね、ヒカリ」
「ええ、それじゃ」
委員長は走って出ていった。
あたしたち、アスカ、碇君、相田君、鈴原君の５人が下駄箱で委員長を待ってると、
おさげの女の子が歩いてきた。
「あ、ノゾミちゃん！」
「え？ 惣流さん？」
アスカの知合いかしら。
「こんにちは」
「これから帰るの？」
「ええ、そうですけど」
「甘いものでも食べに行かない？ お姉ちゃんも来るから」
ああ、委員長の妹さんね。
「でも‥」
「お金なら大丈夫。シンジたちに払わせればいいから」
そこへ委員長がやってきた。
「お待たせーってノゾミ？ どうしたの？」
「お姉ちゃん‥」
「ヒカリ、折角だからノゾミちゃんも一緒に来ないって誘ってるとこよ」
「でも‥」
「委員長、ええやんか。わしらは構わんで」
「そうさ、女の子は多い方がいいよ」
「うん。良かったら、おいでよ」
と男の子三人。
委員長も雰囲気を見て、
「‥ノゾミ、折角だから‥」
「それじゃお言葉に甘えて‥」
というわけで、メンバが一人増えて、合計７人となった。
●
というわけで、昨日と同じ店の、同じ席に座ってるあたしがいた。
「なんで、俺だけこの席なんだよ！」
六人掛けのテーブルなので、ひとり相田君はサイドにイスを持ってきてもらい、
座っている。ちなみに、碇君を挟んであたしとアスカ、委員長を挟んで鈴原君と
ノゾミちゃんが座っている。
「ごめんなさい」
ノゾミちゃんが謝った。
「別に気にせんでええで」
と鈴原くんがすかさすフォローする。
「そうよ！ どう考えても順当な席じゃない」
とアスカ。
「なんでだよ、別にトウジでもシンジでもいいじゃないか」
「じゃあ、レイに聞いてみるわよ。レイ？」
「なに？」
「あんたはどう思う？」
「いいんじゃない？ ノゾミちゃんがいなくても、この席だったし」
がぁーーーーん
また、相田君は、大袈裟にショックを受けたフリをしていた。
‥‥やっぱりフリじゃなかったかもしれない。
でも、鈴原君のフォロー、早かったわね。
「鈴原、ありがとう」
「ええって、わしも同じぐらいの妹いるさかいな」
その後も、鈴原君はいろいろノゾミちゃんの面倒を見て上げていた。
普段なら、碇君もそういう気を遣うんだけど、今日はあたしとアスカに挟まれ、
ほとんど動かずに、じっとしていたから。
そりゃ、あたしが碇君にもたれかかって、アスカの眉が上がったりしたけど
そんなに緊張しなくてもいいのに。
●
夕方になって店を出ると、そこで分かれた。
というのも、ちょうど帰る方向が分かれたから。
鈴原君と相田君と委員長姉妹は家が同じ方向なので一緒に帰っていった。
委員長は、鈴原君にいろいろ感謝していたみたい。
碇君とアスカも同じ方向なので、一緒に帰っていった。
残るあたしは、当然ひとりだった。
まぁ仕方ないんだけど。
‥‥。それにしても、結局、何にも無かったわ。
あ！
そういえば、クッキーももらってなかったじゃない！
トホホ‥。どうしてこうなったのかしら‥。
「綾波ーぃ」
もしかして普段の行ないが悪かった、とか‥。
「綾波ーぃ」
あ。
あたしが振り替えると、息を切らせて走ってくる碇君が見えた。
碇君はすぐ前まで走ってくると、肩で息をしながら鞄から何か取り出した。
「あの綾波、昼間渡せなかったんだけど、これバレンタインデーのお返し‥」
「あ‥‥」
クラスの女の子に渡したのと同じ紙のナプキンに包まれている。
これを渡すためにわざわざ走ってきてくれたの？
「なんだあ、もっと凄いものかと思ったのに」
「え、凄いって」
「宝石とか指輪とかさ」
あたしは笑いながら、上目で碇君を見る。
「あはは、ごめんね、期待に添えなくて」
碇君も冗談だってわかったみたい。
「それは、またいつかあげるからさ」
「え？」
「え？ あ、いや、そんな深い意味じゃなくて、その‥」
‥やっぱね。
ドキリとさせないでよ。
「ううん、ありがとう」
「喜んでもらえて、良かったよ」
「開けてもいい？」
「うん。いいよ」
中はやっぱりクッキーだったけど、色がうすい青だった。
「この色‥‥」
「大丈夫、別に毒じゃないし、味も変わらないから」
「へえー、珍しいわね」
「うん、この色を出すのに苦労したんだ」
「クラスのみんなのもこれなの？」
「違うよ。綾波のだけ」
え、そうなの？
「綾波のイメージって、やっぱりこの色だなって思って」
「わたしだけ？」
「だって、その綾波は特別だから‥」
「‥‥碇君！」
あたしが抱きつくと、碇君はやさしく抱きしめてくれた。
「ねぇ、綾波‥」
「‥‥なに？碇君」
「あそこ、おいしかったね」
「うん」
「今度、また行こうか。今度は二人でさ」
「うん」
しばらく抱きあったまま、時間が過ぎた。
「碇君、アスカはどうしたの？」
「‥‥綾波にこれ渡してくるからって、先に帰ってもらったよ」
「そう‥」
あたしは顔を上げ、素早く碇君にキスすると、離れた。
「え‥」
「今日のお礼よ‥‥」
碇君は、まだ呆然としている。
「碇君、顔に出るから気をつけた方がいいよ。それじゃねー。」
自分からしておいてなんだけど、恥ずかしくて碇君を見てられなくなった
あたしは手を振るとさっさと歩き始めた。
ちょっと、大胆だったかしらねー。
●
次の日の朝、教室に入ってきた碇君の頬に手型がついていた。
やっぱりね。
PS. その日、委員長は鈴原君にお弁当をつくってもってきていたみたい。
うーん、まあ、結果オーライってところかな。